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hyacinth.

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2005.12.28 Wednesday * | - | - |
| note | BLOGGER
「ソニン特集」というサイトをやっている。これは、去年の10月か11月頃に書いたソニン回顧録的な文章があり、それに後日幾つかのコンテンツを肉付けをし、一応はウェブサイトの体裁をとっているというサイトで、特に「こういうサイトをやろう!」と思って始めたサイトではない。その姿勢は、やっつけ甚だしいサイト名に如実に現れていると思う。なにしろソニン特集だ。捻りもクソもあったものじゃない。で、このサイト、トップページにソニンのニューストピック的なものを載せるという形で、一応は現在進行形の「生きているサイト」になっているが、それを目当てにブックマークから飛んでくる方はごく一部で、googleでかなり上位にくるのと、yahooに登録されているのが原因で、放っておいても「ソニン」という検索のみで一日400〜1500ぐらいカウンターが廻る。更新した日としない日では、アクセス数にあまり変化が無く、ソニンがメディア露出したか否かでアクセス数が上下する。多分、更新を止めたとしても、アクセス数にあまり変化は無いのだと思う。そんなサイトであるから、更新をしない→ビジターが減るというのが常識のようなネットライフを送ってきた身としては、正直言って、更新作業(ソニン公式や有能なニュースサイトの恩恵に与り、そこから得たソニン関連のニュースのみをまとめて置く、という作業。全く、作業という言葉が相応しい。)それ自体に対しての楽しみ、というか、所謂やり甲斐のようなものはあまり感じない。と書くとなんだか嫌々やっているような感じだが、検索でやってきた人に対して、検索で上位に来るサイトが今のソニンのことを全く書いていないのは失礼だろうという配慮と、情報をまとめて置くことが思いの外自分に便利であるということ、また、せっかくソニンに興味を持ってくれた人たちを、一人でも多く捕まえてやろうというファンとしての野心もあるので、出来るだけ更新は続けて行きたいと思う。

ただ、正直に言ってしまうと、たかだか1,2行の更新する為にエディターを立ち上げ、更新作業をし、FTPでUPするという一連の作業が、本気で面倒臭い。マジ超ウルトラクルクルミラクルギガマックスケビンスペイシー面倒臭い。ニュースを扱うという性格上、今日はやる気が出ないから更新は来週でいいや、といった、云わばココのような出鱈目な運営は不可能だ。当たり前である。なるべく早くなければ意味は無い。なので、これがCGI更新が出来る環境であったらなぁと常々思っていたのだが、そんな折、九十九式BLOGGER.COMの存在を知った。なんでも、CGIが使えないウェブスペースでも、あたかもCGI更新するようにブラウザ上から更新作業ができるという。しかも無料で。バナー広告すら無しで。こんな素晴らしいサービスがあったのか!もっと早く知っていろYO!自・分・に!という訳で、トピックの更新に早速導入した。これで更新自体も楽になるし、今まで面倒臭いという理由で一切残してこなかったトピックのログも管理できる。理想的な便利さだった。みんなも使えばいいと思う。とにかく、九十九式に感謝です。
2003.12.16 Tuesday * | - | trackbacks(0) |
| note | relax
何故かrelax誌の「fabgear」ってコーナー(何かを5個選んで紹介するところ)を書かせて頂く機会に恵まれたのでした。で、書く内容についてほぼ全く”縛り”がなかったので、その自由度が逆にヤベェ!最近relax的なアンテナ全然張ってねぇ!とんがった映画とかCDとか知らねぇ!どうしよう!などと、大いにテンパったりしたのだが、自分の中に脈々と流れる「我も人なり、彼も人なり」という金八イズム、及び「言いてぇこと言うのがHIPHOPだろ?」や「どこ相手にしてもリアルに言う!」でお馴染みのKダブ精神、更にユウキがその命と引き換えに世に残した遺産たる「何があろうともテメェの流儀は曲げねぇ!」という無言のMESS/AGEまでを総動員し、その結果生まれた大いなる開き直りで、relax誌面を覆うオシャレ空気にビビリつつ「ソニン関連のことだけ書く」、つまりは頼まれてもいないのに「ソニンの宣伝をする」というミッションを成功させましたぞ!どこ相手にしてもリアルに言った!俺!ユウキイズムは俺たちの心の中で生きつづけるのだ!!

と、そういったある種のやり切った感があったのだけど、出来上がったものを先ほど確認したら、同じコーナーで世界のヘイポー(ガキの使いの)が『自分の人となりで五個!』っていう漢気溢れるにも程のあるセレクトを実践しており、その上、使われていた画像がどれもとんでもないレベルの『いい顔』揃いで、僕は得体の知れない「酷く負けた気分」に苛まれたのだった。そして私は旅に出た。タバコを買って帰ってきた。近所のコンビニで。あと、これは自業自得でしかないのだが、自分が今回使った名義「ミム」の誌面を通じて醸し出される無国籍っぷり、ネーミングセンスゼロっぷりにも我ながら度肝を抜かれた。「カタカナ2文字」ってなんなんだよ一体。載ってるのは今月号です。
2003.12.05 Friday * | - | trackbacks(0) |
| note | 8mile
悲しいことだが、この世には『すぐに影響受けちゃう奴』ってのがいる。 なんかもう「いかにも!」という感じで、うわぁー、この人アレ見ちゃったんだろうなあ、っていうのが誰の目にも丸分かりの奴。「おれ観ちゃった」オーラを会話の節々にそこはかとなく匂わせてくるのである。特にそれが自分の方が詳しかったり得意とする分野であった場合、そういった奴の相手をすることは、この上なくウザイ。また、その相手が微妙に仲がいいかどうかよく分からない、なんかわりとよく一緒にいることが多いのだけど、いまいち一歩踏み込めず、「君付け」で呼ぶぐらいの間柄だった場合、そのウザさは熾烈を極めるというのはよく知られた話だと思う。それだけでも既に大問題に違いないが、上には上がいるの世の常である。むしろ周囲の人間に全力で分からせにかかってくる奴がいるのだ。例えば、呑み会の帰り道。居酒屋を出てほろ酔い加減で歩いている時、何の前触れも無く「M・I・C・K・E・Y M・O・U・S・E!!」と歌い出す。『ドーナツ』に過剰な反応を見せる。黒人をスノーボールと呼ぶ。自分のことをサーと呼べと周りの人間に強要する。うちの学食では黒んぼ定食は出さない、とか無茶苦茶なことを言う。勿論、フルメタルジャケットを観た次の日の話だ。そういう奴は、ジョジョの奇妙な冒険第四部を読んだ次の日には、シャープペンシルを武器にして誰彼構わず襲い掛かるのであるし、3年B組金八先生第二部「卒業式前の暴力(後編)」を観た次の日には、出会い頭でいきなり友人の頬を素手でぶっ叩くや否やガシッと抱きつき、貴様たちは俺たちの生徒だ、オレの生徒だ、忘れんな?あ?忘れんなと言う。劇場版ガンダム哀・戦士なんてものを見てしまった場合もう駄目だ。腹の底から捻り出すような怒鳴り声で、「こう言うことだぁぁぁー!」と、事あるごとに絶叫せずにはいられない。周囲の反応や評価などは、まるでどうでもいい。とにかくやりきる。自己の欲望を充足させることのみを最優先させる。確実に無様ではあるが、やってる本人は超楽しい。ウザがられることなんて、むしろ気持ちいいぐらいだ。虫けらを見るような目でオレを見やがれバカ野郎。

8Mile
8Mile

そんな自分にとって、エミネム主演の映画「8mile」は、友人から散々ヤバイとは聞いていたけども、ほんとにヤバかった。正しく積極的に影響を受けていきたい映画だった。「”あとで寄る”ってママに伝えときな(=お前のママと今夜一発キめるぜという意)」や、「お前を堕胎さなかったことをパパとママが後悔してる。」なんてのは、是非とも日常会話に取り入れていきたい。勿論、このサイトでもだ。今後、僕が”D”と言えば、それはデトロイトのことだし、ニガーと言えば白人のことであると覚えておいてほしい。


2003.12.04 Thursday * | - | trackbacks(1) |
| note | 来るべき世界
クイックジャパン誌で「和田薫芸能界日記」なる無視できるハズもない新連載が始まったとのことで、立ち読みしに行く。

完全に立ち読みで済ますつもりで書店に入ったのだけど、それが予想外にも立ち読みで済ませられない長さだったというのと、それ以上に文章として面白かったというので結局買って帰ってきてしまった。ソニンについて何か書いてあるんじゃないかと思って立ち読みしに行ったのに、結果、和田マネの文章が読みたいという理由で購入してしまうという始末。この文章なら、もし和田さんがソニンとまるで関係の無いこと、例えば、その傍若無人ぶりを遺憾なく発揮したエッセイ集かなんかを書いて本を出版したとしたら、僕は買ってしまいそうであるなぁとまで思ったのだから、これは深刻な問題である。和田ファン?俺が?黙れ。芸能プロダクションの社長のファンってなんなんだ。そんなの聴いたことがないし、そんな十字架みたいなもん背負いたくない。自分の中の何かが狂い始めていた。その書店では、床に腹ばいになって寝ている子供がいて、母親と思しき人物が、その子のわき腹をくすぐって人目も気にせずにきゃっきゃきゃっきゃとはしゃいでいた。多分、この国の常識はもう死んだのだろう。

2003.11.18 Tuesday * | - | trackbacks(0) |
| note | 後藤真希、テレビ出なさすぎ問題
今、最もホットな問題は何か。それは勿論「後藤真希、テレビ出なさすぎ問題」に他ならない。多分、当サイトを複数回閲覧して頂いているような知性派キッズの方々には上述の文のみでも僕の云わんとしている旨の9割方を把握して頂けていることと思うのだが、一部のばか野郎の為にわざわざどういう問題かをしょうがねえからこの私が、しょうがねぇからわざわざこのアタシが説明すると、後藤真希がテレビに出なさすぎでつまんねーわ寂しいわモチベーション下がるわっていう非常に由々しき問題なのである。出ないんだ、ホントに。観てないんだ、動いてるとこ。寝てないんだ、この半年。買えないんだ、白飯を。泣いてんだ、5歳の娘が。半分嘘だが、半分本当だ。

そんな時こそ、ハロモニである。ハロモニを観ればいいじゃないか。確かにそうだ。ハローモーニングを見れば、容易く「動く後藤真希(略して動マ)」を拝見することが出来るのだろう。お前の言っていることは何から何まで正しい。お前が赤いものを黒いと言えば、それが赤いものだとしても黒いと言わなければならないのだろう。任侠とはそういう厳しい掟の世界です。しかし、僕は任侠道に身を置くようなヤクザな人間ではない。確かに、友人の中にはヤミだか金だかっていう金融業の輩もいて、そいつの事務所が移転するっつーからって何故か一万円で引越しの手伝いに借り出されたことはあるが、断じて僕は無関係だ。その引越し当日、現場についてみたら、なんと僕とそいつの二人しかいなくて、あの瞬間は本当に途方に暮れた。「引越しなのに二人。」という事態にも驚愕したが、挙げ句相棒がこいつ、というのは、途方に暮れるのに充分すぎる材料だった。なにせ、コイツがまた僕界隈の中では満場一致で「悪い奴じゃないんだけど、ウザイ。」で通ってる男で、早い話が喋る言葉がことごとくつまらない男なのである。「悪い奴じゃない。」とはいうものの、ヤミだか金だかっていう仕事をしてるぐらいだから、まぁろくな野郎じゃないわけだが、その上、喋り方がイメージ上の「渋谷にたむろしている若者」みたいなあれで、酷く不快指数を上げるわけだ。でもう、こりゃ引越し作業なんてできねぇなと思ったので、そいつに「応援呼べねえの?」と訊いてみたのだが、なんでも「もうだいたいの作業終わってるから。全然二人で大丈夫だよ。」ということらしい。実際、事務所の中を覗いてみたところ、文字通りもぬけの殻。たこ詰めになったゴミ袋が4つばかりと、パーテーションが3枚ぐらい、あとよくオフィスにあるような回転する椅子が2つあるだけで、机やロッカーというような運ぶのに苦労しそうなものは既に搬出済みであった。それらを売るなり捨てるなりで処分し、後は部屋を適当に掃除しとけばいいってことらしい。楽勝。じゃあちゃっちゃと済ませて1万貰って帰っちまおうってことで作業を始めたのだが、なかなかどうして作業がはかどらない。

なにしろ働かないんだ、僕が。やってることっつったら、アイツに3階から荷物を下まで持ってこさせて、それを軽トラックに載せるっていうことだけ。最初、二人で一緒に3階から荷物を下まで持っていき、それが全て済んでから下にある荷物を二人でトラックに積む、というふうにやればいいのだが、それをやるとアイツと共に行動する時間が増え、つまらない話を聴かなければならなくなるし、僕がアイツを呼び捨てでアイツが僕を君付けでという力関係的にもそれが妥当であると思われるし、だいたい基本的に肉体労働っつうの?あれに向いてないワケじゃん?俺。アイドル好きでこんなサイトまでやるような奴なわけじゃん?俺。ネットキッズじゃん?俺。そんな奴が引越しの手伝いなんて向いてるワケがねぇよ。肉体的に欠陥があるとかそういうのじゃなくて、メンタル面の問題でね。そもそも『手伝い』に来てるだけで、引越しの当事者じゃないわけじゃん?俺。そういうことで、率先して荷物を運び出す、っていうモチベーションにはどうしたってならないのである。あくまで、『手伝い』だ。メインは僕じゃない。それに加えて免許も無いもんで、軽トラの運転もアイツ任せ。僕は助手席でタバコ吸ってるだけ。楽チンである。これぞ『引越しの手伝い』のあるべき姿だ。『引越しの手伝い』とは、こうでなければいけない。『引越しの手伝い』とは、その8割方は手伝う気のない野次馬であると言い切ろうって、随分と話が逸れたが、そんなことより動マである。テレビ出なさすぎ問題である。

何故にここまでテレビに出ないのか。何故に「後藤真希、一人でただ喋る。」といった感じのお昼の帯番組が存在しないのか。何故、「後藤真希、一人でただ食べる。」といった感じの深夜番組が存在しないのか。奴らの目は、ことごとく節穴だ。後藤真希の魅力を引き出そうともしやがらない。何も無い、無駄に広いスタジオ。あるのは机と椅子、そして一台の定点カメラだけ。そんな、もぬけの殻の事務所のようなセット。それだけでいい。あと、積み木が無造作に置いてあるとかね。そこにただ後藤真希を放り込むだけで、かつてない程の番組が仕上がるはずであるのに、奴らと来たらまるでそれをやろうとしやがらない。テレビはもっと冒険しろってんだ。毎年のように「たけしのお笑いウルトラクイズ」を放送していた、あの無軌道な精神は一体どこに消えてしまったのか。鬼才・テリー伊藤の精神は、歪んだ形でテレビ界に残り、純粋にそれを受けついだものは何故かAV製作会社の社長として『虎』になってやってやがる。またある者は、ハーモニープロモーションの社長となり、無軌道で規格外なアイドルを世に生み出した。人は、そのアイドルをソニンと呼ぶ。要するに、「あゝ!一軒家プロレス」はすごく面白そうである。ソニン公式サイトでその触りのムービーを拝見させていただいたが、それだけでも、その「はちゃめちゃぶり」がこれでもかと見て取れた。今必要なのは、このはちゃめちゃさだ。この映画にソニンが出るという話を聴いた当初は、負の意味で、うっわやっべという驚嘆の声を漏らした事実を否定しないが、やはり、「マラソン」、「ドミノ」といった不朽の名作の仕事を取ってきたマネージャー和田薫の目に狂いはなかった。ソニンがやるべき仕事はこれだ。この理解不能さが、最高に昂ぶらせる。よく分からないことばっかやってるくせに、歌を歌わせてみると一転、ビシッ!っていうね。そういうワケの分からなさが、僕が感じているソニンの魅力。でそれは後藤真希にも言える事で、底抜けにハッピーでアナーキーな言動・行動を繰り返しつつ、歌わせてみればビシッ!っていうところが好きである。しかしながら、今の状態では、コンサートを異常な本数をこなしているので、こっちがその気になればビシッ!の部分は確認できるのであろうが、底抜けにハッピーでアナーキーな言動・行動を確認する術が無い。僕にとっては、底抜けにハッピーでアナーキーな言動・行動あってこそ映えるビシッ!だ。そろそろ新譜が出るそうだし(まだ聴いてません)、背に腹は代えられないってんで、昨日のハロモニは観た。ハッピーでアナーキーな言動・行動のさわりの部分に触れられたような気はしたが、あれだけではモチベーションを保ち続けるには不十分。後藤真希テレビ出なさすぎ問題は、根の深い問題である。

2003.11.17 Monday * | - | trackbacks(0) |
| note | 携帯電話
突然だった。何の予兆も無かった。

電話がかかって来て、当然のように出ようとし、通話ボタンを押して携帯を右耳にあてがった。「もしもし」と当たり前のことを言うと、右耳がやたら気持ちいい。ブルブルしている。一体何事だ。状況が理解できない。携帯を右耳から離し、右手に持った携帯をじっと見つめる。画面は着信を伝えており、携帯がブルブルしている。再度通話ボタンを押す。ブルブルしている。慎重に左手の人差し指で通話ボタンを押す。ブルブルしている。意味が分からない。

通話ボタンとは、その呼称の通り「通話する時に押すボタン」であって、それを押せば着信を知らせるバイブレーションは止み、右耳にあてがえば相手の声が聞こえ、こちらの言葉も伝え、通話が出来るハズである。そんなことはもはや現代人の常識だ。小学生だって知ってる。僕もそう固く信じて生きてきたのだが、今、自分の手の中ではそれらの常識が全く通用しない事態にあった。

しびれを切らしたのか、先方は僕と通話することを諦めたようで、暫くすると電話は切れてしまった。ブルブルしなくなった携帯をじっと見つめる。この時点でかなり嫌な予感がしていたが、とりあえず通話ボタン以外も押してみる。画面にはソニンの待ち受け画像が出たままであり、つまり、無反応である。出鱈目にセンタージョグをグルグル回す。無反応。なんでそれをしたのか、今となってはよく分からないが、バッテリーを取り外し、また付けてみた。何も映らない。

携帯壊れました。

なんてぼんやりしてる暇はない。携帯が動かないということは、通話はおろか、電話帳をみることも出来ず、よって携帯が動かなくなりましたと知人に連絡することも出来なければ、アーティストステージでソニンの異次元コラム(最近またタフな『B』よろしく「HEY! YO! What's up? ソニンです。」とか言ってる。)を読むことも不可能であり、いわば群集の中の孤独、陸の孤島=俺だ。と言う訳で、早急に買わなければならないのだが、最新機種なんてマジ無理。だって、金持ってねぇーし家もせめぇ、周りと同じじゃねぇ親父(Kダブ)。しかし確実に『必要』なわけで、となればクソみたいな値段で投売りされてるやつを買うしかない。で、ネットでいろいろと携帯について検索していたら、以前使っていた携帯が特集されてるページを見つけた。データスコープ。当時としては珍しく単体でEメールが出来るという点と、ノートPCを使っていたのでモデムになるという点で愛用してた。というのは建前で、ただ単にデカイからステッカーを馬鹿みたいに貼れるっていうので使ってた。これがまた携帯なのにフリーズしたり、唐突に「初期化します。」とか画面に出て本気で茫然とさせられることもしばしばあったが、あゝ懐かしいなぁ。これってプログラミングできる機種だったのか。今知ったところでどうしようもない。どうせプログラミングできねぇ。僕が。

で、買ってきた。
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2003.11.06 Thursday * | - | trackbacks(0) |
| note | 更新報告を更新報告する顔で書く

風呂に入っていた。湯船の中で立ち上がろうとして、足を滑らす。右足のつま先が、意図せぬ勢いで内壁に激突する。凄く痛い。反射的に「ぐあぁぁぁ!」だか「うぉぉぉ!」だったか、もしかすると「アーイェー!」とか「ボ!」だったかもしれないが、とにかくそういった類の奇声を上げ、全裸で一人、うずくまって苦悶した。不意に、壁にかかっている鏡が視界に入る。そこに映っていた自分の顔は、当然のように苦痛に歪んだ表情を浮かべていたのだが、その時、ふと思った。

「これは、誰に見せる顔だ。」

だってそうだろう。そのときの僕は、『風呂に一人』だ。そこでどんなに痛そうな顔をしたところで、「大丈夫?」なんて優しい言葉をかけてくれる人はどこにもいない。当たり前だ。なにしろ、風呂という名の密室に一人である。逆に、誰かの声がしたほうが怖い。下手に後ろを見れない。寝る前とか、思い出すとかなりヤバイ。まぁそれはいいとして、そういった状況下において「痛そうな顔を作っていたこと」がよく分からないのだ。

「そりゃ痛いからだろう。」

あなたはすごい呆れ顔でこう思っていることだろう。「痛いから、痛そうな顔をしていた」、確かに尤もな意見だ。これが「痛いから、物欲しそうな顔をしていた」だったり、「痛いから、泳ぎだしそうな顔をしていた」だったら、多分僕は、然るべき施設に収容され、然るべき処置を受けることになるだろう。そんなことは分かっている。問題は、『密室に一人である』ということだ。表情が感情を伝えるための手段の一つであるとすれば、それは相手がいて初めて有用になるものだろう。ならば、誰にも見せることのない表情なんてものは、そんなもん、つくる必要がどこにあるのか。一つハッキリしているのは、「密室で一人、痛そうな顔をすること」は、死ぬほど無意味だということである。ホントにもう何一つ意味が無い。その上、ひどく無様だ。死んでも見られたくない。これ以上に非生産的なものが他にあるのかと僕は訊きたい。それなのに、僕は確実に表情を作っていた。誰に見せるわけでもなく、必死で「痛そうな顔」をしていたのだった。

そんな「ヒトの神秘」にも触れかねない謎に直面し、僕は一つの結論に達した。表情なんてものは、そもそも、「感情を『伝える』ための手段」なんていう生易しいものではないということだ。感情伝達の意思があろうがあるまいが、意識しなければ表情は知らぬ間に作られてしまう。たとえ密室であっても、つくる意味なんてなくても、勝手に『顔』が感情を目に見える形で発信する。表情とは、極めて一方的に、半ば暴力的に、自分の感情を『分からせる』ための凶器だ。

ということは、つまり、心身共に健全な人は、生きている以上、常になんらかの感情を他人に『分からせ』ながら生活しているということである。別に他人にしてみりゃ知りたくもねぇ【テメェ速報】を、四六時中大声で叫びながら生活しているのと同じだ。ここにはプライバシーなどという概念すら無い。テメェのくだらねぇ感情を、需要もねぇのに常に発信している専門メディアが、テメェのその『顔』だ。今すぐに鏡を見てみろ。たいして特徴も無い、それでいてさぞかし小汚ぇツラが映っていることだろう。その危険物が、常にオートマティックで【テメェ速報】を発信してしまっているという深刻な事態にある。世界中が無法地帯だと言っていい。

そういった『顔』の持つ戦慄の役割について、大抵の人は




 


酷く無自覚だ。

しかし、無自覚ではあるが、無意識にその恐ろしさを知っているし、心の底では畏れている。そして、『顔』を出来る限りコントロールしようと足掻く。平静を保とうと、もがく。その行為こそが現代人を現代人たらしめる最たるものだと考えるが、稀に、極々稀に、それらの一切がコントロール不能に陥り、感情を感情のまま剥き出しにして、『顔』からとんでもない情報を発信しまうことがある。その渦中にある『顔』を見たとき、見せられてしまったとき、見せ付けられてしまったとき、人は思わずこう言ってしまうだろう。

「うわぁー、こいつもろイイ顔!!」と。

つー訳で、「いい顔。」更新しました。
2003.10.02 Thursday * | - | trackbacks(0) |
| note | ビーバップハイスクールが終わっていた
本当に知らないうちに終わっていた。もう一ヶ月も前の話だという。ここ最近、というか7,8年ぐらい余裕で読んでいなかったのだけど、ビーバップは、金八、元気が出るTVと並んで、僕の成長過程で確実に影響を受けたモノの一つ。主に「ブタゴザウルス」、「鉄腕ツトム」等のネーミングセンスや、「吐いた唾飲まんとけよ」などのセリフ回しは学ぶべきところが大いにあった。金八同様、読んだ次の日の教室には、当たり前のようにそれらをマネする僕の姿があった。物心つく頃には既に読み始めてたマンガだし、それだけに「知らないうちに終わっていたこと」がかなりショックでした。
2003.08.23 Saturday * | - | trackbacks(0) |
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